大政奉還150周年記念スタンプラリー 和歌山

紀州和歌山と言えば、徳川御三家のひとつ。
初代藩主は「南海の龍」と呼ばれた徳川頼宣、そして八代将軍吉宗が出ている。そのため、幕末になると当然ながら紀州藩は佐幕につく。
文久三(1863)年、孝明天皇は大和行幸の詔を発し、土佐脱藩吉村寅太郎をはじめとした浪士「天誅組」が倒幕攘夷の先駆けとして大和において武力蜂起を決行するが、攘夷主義者の孝明天皇も性急な倒幕までは望んでいない。会津薩摩の意を受けた中川宮に説得されると大和行幸の延期、三条実美ら攘夷派公卿の参朝禁止、長州藩の御門警護解任を決定した。
これにより三条実美ら七卿と長州藩は京を追われることになるが、天誅組もまた見放された格好になった。幕府、そして朝廷からも討伐指令が出され、紀州藩もまた出兵している。
だが鳥羽伏見の戦い以降、取り立てて名前があがることはない。
尾張藩と同じように恭順したが、幕府軍を攻撃することはできなかったのだろう。
スタンプラリーのポイントになっているのは、後の外務大臣陸奥宗光が元紀州藩士であり、脱藩後海援隊で坂本龍馬と行動を共にしたからである。

和歌山城天守閣

和歌山城は羽柴秀吉が弟秀長を封じ、藤堂高虎が縄張りをしたのが元であり、その後、浅野幸長の増築、徳川頼宣の改修を経て完成する。
江戸期に落雷で焼失再建され、昭和10年に国宝指定。
だが和歌山大空襲で焼失し、現在のものは鉄筋コンクリートで復元されたものである。桜、躑躅、紫陽花、紅葉が美しいとのこと。

スタンプは城敷地内のわかやま歴史館受付に設置されている。
一階は観光案内所と土産物店。隣は観光バス駐車場。

私は天守閣と歴史館展示のセットチケットで両方に入ったが、刀は鞘に納めた状態でおかれ、説明は淡泊。
陸奥宗光の二番目の妻の写真は確かに美しかったが、資料の数がやはり少なく、御三家五十五万五千石の展示としてはちょっと残念だったように思う。
本丸御殿・二の丸御殿も今は公園となっていることから、あるいは天守閣とともに空襲などで焼けてしまったのかもしれない。

食べ物でいえば、和歌山はみかん、梅など果物が有名であり、瀬戸内海や太平洋に面して魚介類も豊富。
そして城の周辺にはラーメン屋が多い。豚骨醤油のスープになるとが乗って、早すしがサイドメニューで選べる。
濃厚なのだが脂脂していないように感じた。醤油が美味しいからかもしれない。

桑名もそうだったが、他のポイントと一日であわせて回るには難しい場所にある。和歌山にだけ行くつもりで行かれるのがいいでしょう。